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歴史にふれる花沢城プチトレッキングで登城記念の御城印を購入してきました!

歴史民俗資料館の藁科さんとまちリポライターのFREEBYRD

2021年4月、花沢城の「御城印」の発売が開始されたということを聞き、噂の御城印をゲットするべく花沢城にプチトレッキングに行きました。

まずはじめに、本記事のタイトルをご覧になって、こんな悩みや疑問を抱いた方はいますでしょうか?

  1. 歴史?苦手!わからない!眠くなる…
  2. プチトレッキングするほど体力ない!道具高そう!
  3. 御城印?楽しいの?

安心してください。本記事を最後まで読んでいただければ、きっとすべて解消します!

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まずは、焼津市歴史民俗資料館へ行ってみた!

最初に訪れたのは、焼津市歴史民俗資料館。資料館の藁科さんによると、館内には焼津の歴史や文化を紹介する常設展示コーナーと企画展示コーナーがあり、5月からは常設展示にお城コーナーができたそうです。展示室にあるクイズラリーに参加すると、景品に缶バッチサイズのマグネットなどをもらえます。マグネットには、花沢城の戦いの陣形を表した陣形図が使われているものもありました。

花沢城に行く際は、歴史民俗資料館で焼津の歴史に触れてから行くことをおすすめします。興味関心にあわせてお話してくださるので、「これから歴史について学んでみたい」という方にもぴったりではないかと感じています。文化レベルもあがり、入場も無料なのでおすすめです。

花沢城攻撃の武田氏陣形図(所蔵:焼津市歴史民俗資料館)

花沢城とは?

花沢城は、日本坂から小坂へ至るルートをおさえる駿府の西の守りとして、今川方によって築かれたと考えられます。
城域は現在の高崎・吉津・野秋の3地区ですが、古くはこの一帯が花沢村であったといい、このため古くから「花沢城」と呼ばれたと推定されます。

城は、今川義元の命で、関口越後守によって築城されたとも伝えられますが、築城当初のことは明らかではありません。花沢城の名は武田信玄の駿河侵攻にともなう激戦地となったことで、世に知られるようになりました。
永禄13年(1570)、今川家臣岡部氏を傘下に入れた信玄は、山西地域(志太平野)への侵攻を開始しました。このとき、花沢城主を任せられていたのが大原肥前守資良(小原肥前守)です。
信玄は花沢城の侵攻にあたって、城を見下ろす西側の高草山中腹に陣を構えたといわれています。攻撃は正月4日に開始されましたが(資料によっては正月下旬攻撃開始)、天然の要害を利用した城のつくりと今川方の抗戦により激戦となり、城がおちたのは正月27日のことでした。
花沢城をおとした信玄は、つづいて長谷川正長が守る徳一色城(のちの田中城)をおとし、山西地域を支配下に置きました。


花沢城攻撃の武田氏陣形図(所蔵:焼津市歴史民俗資料館)

花沢城跡へ!~資料館の藁科さんにナビゲートしていただきました~

では、いざプチトレッキングへ。

花沢城は写真のような軽装でも十分に登ることができます。ルートによって異なりますが、高草山石脇入口のバス停からであれば、所要時間は30分ほど。水分補給のための飲み物は持っていきましょう。

案内をする職員の藁科さん

「花沢城って山城なんだな」と思えるような山の尾根にそった城跡でした。「堀切(ほりきり)」の跡があり、登ってくる敵を上から攻撃して守ったんだろうなと想像しました。

藁科さんによると、花沢城は今川館を守るための駿府の西の守りとして今川方に築かれたのだそう。だからなのか、登りきると見晴らしがすごくよかったです。

見晴らしのよい城跡

こちらは一の曲輪(くるわ)、本丸での写真になります。案内板があるので一読していただければ、花沢城にまつわる歴史を知ることができます。

案内板を紹介する藁科さん

一の曲輪や八の曲輪では、眼下に広がる景色を堪能できます。八の曲輪からは、新幹線や国道150線と走る自動車、立ち並ぶビルや工場、遠くには海も見えます。
遠くの海を眺めながら、つい、「昔はどんな景色だったのかな」と想像してしまいました。ぜひ、登ってみてください。

八の曲輪から眺める景色

 

お城へ行った記念に焼津高校生の書いた御城印を購入!

旅やおでかけのあとに欲しいのは、旅のよい記憶とお土産だと思います。花沢城跡プチトレッキングの記念に御城印を購入できます。販売場所は、焼津市歴史民俗資料館、焼津市観光協会、カントリーオーブン(花沢の里内)。

「太筆でバサッとダイナミックなタッチかな」とイメージしていたので、花沢城の御城印を手にして文字を見たとき、思わずキュンとしていまいました。とても女性らしかったのです。つつましく美しい。なんとも言えず、かわいらしい文字でした。沢がまた少し小さめでとてもかわいらしいのです。
思わず、「どなたか有名な方が書いたものですか?」と聞いてしまいました。そうしましたら、こちらは、焼津高校書道部の生徒が顧問の先生の指導のもと、「花沢」という文字のイメージに合わせて書かれたものなのだそうです。お土産と旅の思い出にぴったりの御城印でした。

花沢城の御城印

取材を終えて

「御城印」は全国各地のお城でも販売があります。新しい趣味としても、文化的な要素のある御城印集めは面白いのではないかと感じています。
歴史民俗資料館でお城の話を聞いたわたしは、歴史が好きになり、御城印集めに興味が湧いています。そして、最近、YouTubeが好きな甥っ子に花沢城と歴史民俗資料館を紹介したくなりました。

焼津市には観光資源がたくさんあります。今まで知らなかったことですが、港があるために歴史的に文化の交流点になっており、今川氏、武田氏、徳川氏など有名な武将たちとも関わりの深い地域なのだそうです。

藁科さんもとても素敵な方でした。焼津のイメージがますますよくなり、焼津で好きな方々がまた増えました。みなさんもぜひ、歴史民俗資料館を積極的に活用して、文化を堪能する焼津観光をしてみてはいかがでしょうか?

 

 

まちかどリポーター

まちかどリポーター:FREEBYRD

FREEBYRD

横浜市出身で5歳から藤枝に移住。静岡県立大学を卒業後、営業職として勤務。幼少期からリトミック教室や合唱など音楽が好きで、学生時代から今もコピーバンドを組み、地域のイベント等で演奏している。

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ページ更新日:2021年9月6日